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2022.06.04 コラム アレッツォの名所「ペトラルカの生家」について

Ciao! 皆さんこんにちは!
今回のコラムでは、スタッフが短期留学で滞在した街 アレッツォ(Arezzo)の名所を紹介したいと思います。
ご紹介するのは、ペトラルカの生家(Casa del Petrarca)です。

名前からもお分かりいただけるかと思いますが、
ここはイタリアの有名な詩人・人文学者のフランチェスコ・ペトラルカFrancesco Petrarca(1304-1374年)が生まれた家です。

ペトラルカはダンテ・アリギエーリDante Alighieri(1265-1321年)やジョヴァンニ・ボッカチオGiovanni Boccaccio(1313-1375年)らとともに、三大詩人と称されています。
彼らの名前を世界史の授業で勉強したという方も多いのではないでしょうか。

ペトラルカは、叙情詩集『カンツォニエーレ Canzoniere』という作品を残したことで有名です。ラウラという女性への愛を主題とし、この作品は後世のヨーロッパの抒情詩に大きな影響を与えました。

ペトラルカの生い立ちを振り返るには、1300年頃へと遡ります。
当時フィレンツェでは、政治の争いが相次いており、ペトラルカの父セル・ペトラッコはグェルフィ党(教皇党)白派に属していましたが、黒派との政争に敗れ、フィレンツェを追放されました。
そして、政治的に繋がりのあったダンテと共に、1302年にアレッツォに亡命してきました。
その後1304年、アレッツォの地で、ペトラルカが生まれました。

彼はその後トスカーナのインチーザ(Incisa in Val d’Arno)、1311年にはピサ(Pisa)へと移り、その後8歳の時に南フランスのアビニョン(Avignon)に移り住み、そこで少年時代を過ごすことになります。

ペトラルカがアレッツォで過ごした年月はそう長くはありませんが、
ペトラルカの家族が、有名な詩人ダンテとも関わり合いながら過ごした、
貴重なペトラルカの生家が今も残っているとは、大変興味深いですね!!

このペトラルカの生家は、アレッツォにあるペトラルカアカデミーの博物館にもなっています。
4,000冊の蔵書のある図書館があり、ペトラルカの抒情詩集も展示されています。
また、1600年代に起こった、ペトラルカに影響を受けた文学運動“ペトラルキズム”に関連する本や資料もたくさん保管されています。

また、このペトラルカの生家の、オルト通り(Via dell’Orto)を挟んで向かい側には、トファノの井戸(Pozzo di Tofano)があります。この井戸はなんと、言い伝えではフィレンツェで活躍する詩人ボッカッチオの「デカメロン(Decamerone十日物語)に出てくる井戸と言われています!
かつてフィレンツェで活動していたペトラルカの父は、同世代であるペトラルカとボッカチオに交友があったのではないか、ペトラルカの家族が亡命ののち、この井戸をボッカチオと一緒に眺めたこともあったのでないかと考えることもできますよね…!
なんともロマンのあるお話ですね♪

アレッツォはフィレンツェから電車で約1時間と、とても交通アクセスのよい街です!
イタリアに滞在される際には、ぜひアレッツォまで足を延ばし、ペトラルカの生家を訪れてみてはいかがでしょうか!



▼「ペトラルカの生家」紹介ページ(ペトラルカアカデミーHP内)
https://accademiapetrarca.it/la-casa-del-petrarca/

▼「ペトラルカの生家」紹介ページ(アレッツォ観光HP内)
https://www.discoverarezzo.com/luogo/casa-petrarca/

▼アレッツォへ留学しよう!
https://www.adomani-italia.com/ryugaku-info/where-to-stay/tos/arezzo/

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