イタリア留学ならa domani(アドマーニ)。何でもお気軽にご相談ください♪ 会社概要 コラム&ブログ アクセス お問合せ サイトマップ オンラインショップ
【イタリア留学専門】アドマーニ|出発前から帰国後の就職まで全力サポートします!

イタリアの魅力にとりつかれてしまった経験豊富なスタッフが、あなたのイタリア留学を応援します。

03-6261-2341 毎日9:30~18:30営業中
(土曜定休)
イタリア留学アドマーニのコラム&ブログ《a domani Italia!》

2022.08.30 コラム ピアノの歴史

Ciao!
皆さんこんにちは!

今回のコラムでは、クラシック音楽の話題をお届けします!

私たちにとって馴染み深い楽器の一つであるピアノですが、いつ・どこで誕生したものか、皆さんはご存知でしょうか?

現在のピアノの原型となる楽器が誕生したのは、18世紀はじめのイタリアでした。
製作したのは、バルトロメオ・クリストフォリ
彼はメディチ家のフェルナンド公に仕える楽器職人でした。

クリストフォリは、音楽愛好家であったフェルナンド公の元で、楽器の調律や修理などの仕事をしながら、新しい楽器の開発にも精力的に取り組んでいたんだそう。

当時は、今で言うバロック音楽が作曲されていた時期にあたりますが、彼はバロック音楽で広く使用されていたチェンバロが、音の強弱の変化に乏しいという点をどうにかできないかと、音を鳴らす新たなシステムの開発を試みます。

チェンバロでは、楽器内部にあるプレクトラムという爪状のもので弦を弾くことで音を鳴らします。もっと大きな音を鳴らすにはどうしたらいいか?と考えたクリストフォリは、ハンマーで弦を打って鳴らすシステムを発明しました。

1709年にクリストフォリが発明したこのシステムを持つ楽器には、「弱音と強音をもつチェンバロ:Gravecembalo col piano e forte」という名がつけられました。
ここから、「ピアノフォルテ」又は「フォルテピアノ」という名前が生まれ、さらに省略されて今日のように「ピアノ」と呼ばれるようになったのです。

ピアノの原型はイタリアで誕生したのですね!

クリストフォリの発明後、ピアノはイタリア国外で改良が重ねられることになります。
ドイツのオルガン製作者 ゴットフリート・ジルバーマンは、クリストフォリの発明を知り、自身もピアノの製作を開始します。
その後、ジルバーマンの作った楽器に対して、ヨハン・アンドレアス・シュタインが改良を加え、シュタインはドイツ式と(ウィーン式とも)呼ばれるアクション(音を鳴らす仕組み)を完成させました。

さらに、イギリスでも開発が進みます。
そのきっかけとなったのが、プロイセンとオーストリアの7年戦争(1756-1753年)。
この戦争の影響によりドイツ(プロイセン)のピアノ工業は衰退し、技術者たちはイギリスへと移住することとなります。
そうした技術者のうちの一人、ヨハネス・ツンペは、ドイツから持ち込んだ技術を活かし、ペダル機構も取り入れるなどさまざまな改良を行い、イギリス式アクションを生み出しました。

クリストフォリの発明後、ピアノはこのようにドイツやイギリスでシステムが確立され、ヨーロッパ各地に普及していきました。その後、「音楽の大衆化」といった社会的背景や、ピアノ作品における音楽表現の拡大に伴い、音域や音量、アクションの精度にも改良が加えら
れていきます。

19世紀の半ば、ショパンやリストの時代にピアノという楽器は、完成の域に達しました。

ピアノの特徴でもある白と黒の鍵盤は、今では88鍵が標準ですが、作られ始めた当初は54鍵ほどだったそう。それだけ技術が向上し、音域が広がっていたということですね。

このようにピアノという楽器は、イタリアでクリストフォリがピアノの原型となるハンマー仕掛けのシステムを発明してから100年超の時を経て、今私たちに馴染みのあるスタイルの楽器が完成したのです。

クリストフォリが発明をした当時、メディチ家に仕える職人たちは、現ウフィツィ美術館内の作業場で仕事をしていたと言われています。クリストフォリもまた、一時期そこで作業を行っていたと考えられています。
フィレンツェを訪れた際には、この地でピアノが誕生したのか…と、想いをはせてみるのもロマンがあっていいのではないでしょうか♪

次回は、話題のイタリア製ピアノついてご紹介いたします。
お楽しみに!

資料請求・お問合せ資料請求・お問合せ


この記事を読んだ方にオススメの記事

コラム&ブログ アーカイブ

日本で契約できる海外SIM

アドマーニのイタリア語レッスン

PR